ヴィニシウスのレシピを再現する 一夜限りのボサノヴァレストランがオープン
7月25日(金)千代田区紀尾井町、食の専門書店COOKCOOKBOOKのキッチンスタジオにてボサノヴァ音楽の最高の詩人、ヴィニシウス・ヂ・モライスの愛したレシピ本を再現する「ボサノヴァレストラン」を開店しました。
昨年、生誕100周年を迎えたヴィニシウス・ヂ・モライスのレシピ本を紹介するのは、ブラジルと日本をつなぐコミュニティーファクトリー「KIMOBIG brasil(キモビッグ・ブラジル)」。レシピ本からヴィニシウスが食した料理をバイーア出身のブラジル料理人Mari Limaさんが再現。キッチンスタジオにはDJブースが置かれ、まるで音楽イベントのようです。
食前酒としてカイピリーニャがテーブルに置かれ、「saúde!!(乾杯)」の瞬間、軽やかなブラジル音楽が会場を包みました。あちらこちらで「サウーヂ!」が連呼され、開始早々イベントは大盛り上がり。それもそのはず、参加者は定員20名枠にキャンセル待ちが50名という今回の大注目イベントにエントリーできたとてもラッキーな方々で、ヴィニシウスの料理を食してみたいとこの日を待ち望んでいたのです。
ボサノヴァレストラン、今夜のメニュー
・前菜1 Pastéis de carne(牛ひき肉の「パステル」)
・前菜2 Camarões au sauce tartare(エビのタルタルソース)
・メイン Feijoada à minha moda(ヴィニシウス流「フェイジョアーダ」)
・デザート Quindins(卵黄とココナッツの蒸し焼き「キンジン」)
この4品の料理に、ヴィニシウスの音楽をペアリングしてくれたのはブラジル・ポルトガル語文学の研究者である福嶋伸洋さん。料理が運ばれてくると同時に、ペアリングされた音楽が流れ、ヴィニシウスの詩、日本語訳、レシピ、そしてエピソードが添えられます。そして食事中にはマリが自ら食材の説明と調理過程を説明してくれました。
※以下メニューに添えた「Episode」は福嶋伸洋さんのコメントより掲載します。
【パステル】ヴィニシウス流に砂糖をまぶして
Episode
~よく知られているように、ポルトガルの植民地時代、17世紀から19世紀にかけてのブラジルは、サトウキビの栽培で栄えた。現在でも砂糖の生産大国である。そのためか、ブラジル人は甘いもの好きが多く、その甘さも日本人の常識をはるかに超えるものである。ヴィニシウスも大の砂糖好きで、テーブルではいつも砂糖ポットのそばに座ったという。本来はスウィーツではなくスナックてあるパステルにも、砂糖をまぶして食べるのがヴィニシウス流。
ポルトガル語で「甘い」という意味の形容詞は「doce」。この「doce」という語には他に「心地よい」「優しい」「かわいい」という意味があり、こういったもの、とくに「かわいい」女性に詩人は目がなく、生涯で9回結婚するほどだったことはよく知られている。
今日は「doce balanço かわいい揺れ方」というフレーズが歌詞にでてくる、ボサノヴァの名曲として世界中に知られている「イパネマの娘」を聞いてもらう。1962年、コパカバーナの<オ・ボン・グルメ>というナイトクラブでの、ヴィニシウス、トム、ジョアンの三人の共演という非常に貴重な音源で。~
では、揚げたてのパステルに「砂糖をまぶして」お召し上がりください、と言うと会場からは笑いとどよめきが。恐る恐る揚げたてのパステルに砂糖をかけて食べると、なんと!クセになりそうなおいしさです。ヴィニシウスのパステルは四角ではなく、餃子のような半円です。パステルの生地を包むところから、細かい技が光ります。
【エビのタルタル】
Episode
~1953年(40歳になる年)、娘ジョルジアーナが生まれる。この年にヴィニシウスは外交官としてパリに赴任し、約3年をこの地で過ごす。現在もあるパリのイタリア料理店<ストレーザ>でこの「エビのタルタルを」よく食べていたのはこの時期だろう(ただし、現在はメニューにはないという)。
ボサノヴァの生誕まであと五年、映画『黒いオルフェ』原作の戯曲『オルフェウ・ダ・コンセイサォン』の最初の公刊の前年にあたるこの1953年、ヴィニシウスははじめて作詞家としてサンバに詞をつける。アントニオ・マリアと共作の「Quando tu passas por mim」である。その詩は、わたしたちが知るあの爽やかな明るさに満ちたボサノヴァのそれとは異なり、物憂さのあふれる、悲しい恋心を歌ったものである。
のちにはボサノヴァやMPBも歌うようになるが、この当時はおもにサンバ・カンサォンを歌っていた女性歌手ドリス・モンテイロの録音で。~
コンソメで丁寧にボイルされた大きなエビと、ヴィニシウスのレシピ通り「みじん切りより細かく」刻んだタルタルソースの具材は、しっかりと冷たくて絶妙の舌触り。COOKCOOPBOOKに展示中の北海道・洞爺湖のガラス工房gla_glaのガラス食器を使わせていただき、前菜が一段とアーティスティックに。パリでのプレートの美しさを再現できたでしょうか。
【フェイジョアーダ】
Episode
~ブラジルは、ヨーロッパ人、アフリカ人、インディオという三つの人種が混じり合って作り上げた国であるとされている(もちろん、アジア人やアラブ人の存在も忘れてはならないが)。なかでも、黒人奴隷たち、その子孫たちは、ブラジル文化をさまざまな面できわめて豊かにした。ブラジルの国民的料理とされるフェイジョアーダも、アフリカ文化に大きな影響を受けて生まれた料理である。
ヴィニシウスが自身が白人でありながら、戯曲『オルフェウ・ダ・コンセイサォン』で黒人たちを主人公にしたし、そののちにもアフリカ系文化に深い関心を持ち続け、自らを「ブラジルでもっとも黒い白人」と呼んだりもしている。1966年には、ギタリストのバーデン・パウエルとともに、アフリカ系文化が色濃く残るバイーアの音楽をモチーフとしたアルバム『アフロサンバ』を製作する。そのなかから、女神オサーニャに捧げられた名曲を、バーデンとヴィニシウスの録音で。~
ヴィニシウスのフェイジョアーダの気品高いことといったら!内臓類はフレッシュな牛タンだけ。他の具材は数種類のリングイッサと、マリの自家製カルネ・セッカ(牛の干し肉)など。今までのフェイジョアーダのイメージを覆す美味しさに、参加者はポルトガル語講座で覚えた「Gostoso!」をジェスチャーを交じえ褒め称えてくれました。調理したマリ本人も素晴らしい出来栄えに納得の様子。重さを感じない上品なこのフェイジョアーダにはレシピの指示通りにカシャッサのロックを添えました。
【キンヂン】
Episode
~ポルトガルとブラジルのつながりはおそらく、食べものの面にもっとも強く表れていると言えるかもしれない。たとえばポルトガルはヨーロッパのなかでもイタリアと並ぶ米消費大国だし、ブラジルも米の消費量は小麦のそれに勝るほどである。
ポルトガルの修道院では、修道女たちの僧服にのり付けをするため、大量の卵白が使われた。そこで余った卵黄を活用するために、さまざまなスウィーツが生まれたとされる。日本でもはやったパステル・デ・ナタ(エッグタルト)もそのひとつだし、このキンヂンもそのひとつ。
ポルトガルはブラジルの旧宗主国でありながら、音楽の面ではふたつの国に強いつながりは見出せないと言えるかもしれない。しかし、ポルトガルのファドにおいても、ブラジルのサンバやボサノヴァにおいても。「郷愁 saudade」の感覚がその核心にある点は共通していると言える。
「郷愁 saudade」とは、一言でいえば、愛するものから時間的に、あるいは空間的に離れていながら、心の中ではその愛の対象をごく間近に感じている、という感覚。
ここで紹介するのは、ヴィニシウスがポルトガルを訪れたときに、ブラジルへの郷愁を歌った歌。ファドの大歌手、アマリア・ロドリゲスの録音で。~
最後のメニュー、卵黄とココナッツの蒸し焼き、キンヂンの登場です。日本国内では冷凍のキンヂンしか手に入りませんが、やはり手作りのものは別格。トロっとした食感と、新鮮な卵黄の強いコク、ココナッツフレーバーでブラジルを体感できる最高のスウィーツです。添えられたコーヒーは、華やかな香りでレモンイエローの実をつける稀少なブラジル豆、カナリオをブラジル流に濃くドリップしたもの。
初めて口にしたという方が多かったこのお菓子ですが、甘いけど病み付きになる美味しさと大絶賛。香り高いカナリオコーヒーにも負けないその強いコクは、ヴィニシウスを象徴するボサノヴァレストランの締めに相応しい一品になりました。
一晩限定の「食」と「音」を奏でる「ボサノヴァレストラン」、ヴィニシウスが愛した料理を彼の音楽と詩、そしてエピソードにのせて紹介したこのイベント。次回の開催時にはまた選りすぐりの料理と音楽で、おもてなしさせていただきます。
イベント詳細
ヴィニシウスの“ボサノヴァ“レストラン
日時 平成26年7月25日(金) 19:30~21:00
場所 COOKCOOPBOOK
東京都千代田区紀尾井町4-5 G-TERRACE紀尾井町1F
内容 ブラジルの「食」と「音」を奏でる一晩限りの「ボサノヴァレストラン」 前菜からデザートまでの4品コース+プチポルトガル語講座
参加人数 20名
共催 カフェ・カンパニー株式会社、KIMOBIG brasil
後援 ブラジル大使館
協力 ヴィニシウス・ヂ・モラエス プロダクション VM Cultural
最後、KIMOBIGのミハルからお礼を言わせてください。
「POIS SOU UM BOM COZINHEIRO - Receitas, histórias e sabores da vida de Vinicius de Moraes」というヴィニシウスのレシピ本を手に取った瞬間、思い描いてしまったこの夢のようなレストランの実現にあたり、協力してくださったCAFE COMPANYのみなさま、本当にありがとうございました。私の我儘に最後まで付き合ってくれた料理人のMari、大変だったけど最後までありがとう。
そして全面的に協力してくださったヴィニシウス・ヂ・モラエスのプロダクションVM CulturalのElaine Rochaさん、Edith Gonçalvesさん、異国の地で行われるこのような前代未聞のイベントを快く承諾してくださり、心から感謝します。